仙台地方裁判所 昭和30年(ワ)5号 判決 1958年10月07日
原告 株式会社相原正志商店
右代表者代表取締役 相原正志
右代理人弁護士 佐藤政治郎
被告 丹野辰治
右代理人弁護士 森静
主文
被告は、原告に対し金三万五千円及びこれに対する昭和三十一年一月一日より完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払うこと。
原告その余の請求は、棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
本件訴訟は、原被告間の仙台簡易裁判所昭和二十九年(ロ)第五九九号支払命令申立事件において、被告が昭和二十九年十二月二十日送達を受けた仮執行宣言付支払命令に対し昭和三十年一月三日異議の申立をしたことにより、当裁判所に繋属するにいたつたものであることは、本件記録に照らして明らかである。ところで、原告は被告の右異議の申立に対し、原告はさきに前記仮執行宣言付支払命令を債務名義として、被告の第三債務者に対する転付命令の執行をなし、本件債務の弁済を得たのであるから、被告より民事訴訟法第一九八条第二項の申立のない本訴においては、右異議の申立は不適法として却下さるべきである、と主張する。しかしながら、本件仮執行宣言付支払命令は、前叙のごとく被告が適法な異議の申立をしたことにより、その確定を妨止されたのであるから、これを債務名義とする強制執行は、仮執行の宣言のある判決に基く強制執行と同一の効力を有するにすぎないものといわなければならない。しかして、仮執行の宣言のある判決に基く強制執行の効力は、(仮差押命令に基く強制執行の場合と異なり、)債務弁済の効力を生ずるとはいえ、その効力たるや(確定判決に基く強制執行の場合と異なり、)確定的のものではなくして、他日その本案判決若しくは仮執行の宣言が廃棄されないことを解除条件とするものであるから、本案の判断には何等の影響をも及ぼすものではない。もつとも、民事訴訟法第一九八条第二項の申立がない限り、たとえ本案判決若しくは仮執行の宣言が後に廃棄されても、転付命令により債権者に移転した債権は、これがため当然に債務者に復帰することなく、債権者は事実上終局的満足を得たと同一の法律効果を保有するにいたることは否み得ないとはいえ、同条項の申立は、当該本案判決の訴訟手続中に限られることなく、独立の訴によつてもこれをなし得るばかりでなく、そもそも右の申立は本案判決若しくは仮執行の宣言が廃棄された場合における原状回復を目的とするものであるから、かかる申立の有無によつて、本案そのものの判断が左右され得ないことは、いうまでもないところである。従つて、これと反対の見解を基礎とする原告の右主張は採用するに由ないもの、といわなければならない。
そこで、本案について判断する。
原告は燃料用油等の販売を業とするものであるところ、被告に対し昭和二十五年九月五日より昭和二十七年三月十五日までの間燃料用油を代金は売り渡した月の末日限り支払いを受ける約で売り渡したことは、当事者間に争いがなく、その最終売渡し日現在における売掛残代金の額が金十二万四千九百三十円三十八銭であることは、証人日下正の証言によつて真正に成立したものと認める甲第二ないし第六号証の各一、二及び同証人の証言によつて認めるのに十分である。これに対し、被告は昭和二十七年四月七日金千五百円、同年五月六日金千五百円、昭和二十八年二月二十七日金五百円同年十月九日金三千円、昭和二十九年一月七日金一万円をいずれも元金に入金したことは、当事者間に争いがない。
しかして、証人伊藤勝雄の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証並びに証人伊藤勝雄、宍戸静、青柳徳治及び原告(第三回)被告各本人の供述(但し、いずれも後に記載する措信しない部分を除く。)を綜合すれば、被告主張のごとき経緯により、原被告間において、昭和二十八年二月九日前記売掛残代金の額を確認したうえ、原告は金八万五千円を超過する部分の債務を免除し、被告は右金八万五千円を出漁の度毎に金五百円ずつ分割して支払うこと、但し右分割弁済を一回でも怠つたときは当然期限の利益を失い、被告は右金額よりすでに支払いずみの金額を控除した残額を一時に支払うべき旨の契約が成立し、さらに、昭和二十九年十一月二十九日被告が訴外青山徳治に売却した船代金のうちより金三万五千円を即時に支払えば、原告は金七万円を超える部分の債務を免除し、また残額金三万五千円については、被告が昭和三十年暮までに家を他に処分して金の都合がつくようになつてから支払う旨の契約が成立したこと、をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証人菅野重雄の証言及び原告本人の供述(第一、二回の全部、第三回はその一部)は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定の妨げとなるべき証拠はない。被告は、前記昭和二十九年十一月二十九日の契約においてさらに残額金三万五千円についても債務の免除を受け、将来成功した暁その謝礼の意味で原告に対し包金を支払う旨を約したにすぎない、と抗争するけれども、これに副う被告本人の供述部分は主として自己の独断に基く見解であつて説得力に乏しく、他に叙上の認定を覆えしかかる特約なることを認めるに足る証拠がなく、結局右残額金三万五千円についての約定の主旨は、被告の家が昭和三十年暮までに売れない場合において被告がその支払いを免かるべき事情の認められない本件においては、昭和三十年十二月三十一日までその弁済を猶予する旨の契約にすぎないもの、と解するのを相当とする。
以上認定の事実によれば、被告は原告に対し昭和二十七年三月十五日現在において金十二万四千九百三十円三十八銭の買掛金債務を負担していたところ、同年五月六日までの間に合計金三千円を元金に入金したのでその元金残額は金十二万一千九百三十円三十八銭となり、その後昭和二十八年二月九日原告より金八万五千円を超える部分の債務は免除され、また昭和二十九年一月七日までの間に合計金一万三千五百円を支払い、さらに同年十一月二十九日原被告間に成立した前記契約に基き同日金三万五千円を支払つたことにより、本件債務は金三万五千円となつたものであり、被告は原告に対しこれを昭和三十年十二月三十一日までに支払うべき義務を有するもの、といわなければならない。原告は、被告の支払つた右金三万五千円のうち金五千二百五十八円は昭和二十九年二月一日より同年十一月二十九日まで年六分の割合による遅延利息債務の弁済に充当すべきである、と主張するけれども、昭和二十八年二月九日の契約において、原告は被告に対し遅延利息債務をも含む金八万五千円を超過する部分の債務はすべて免除したこと前段認定のとおりであるから、原告の右主張は、理由がないこと明らかである。
よつて、原告の本訴請求は、右金三万五千円及びこれに対する弁済期の翌日たる昭和三十一年一月一日より商法所定年六分の割合による金員の支払を求める限度において正当であるのでこれを認容し、右の限度を超過する部分は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆)